悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

苦しみや心の痛みの意味|人生への2つの恩恵

約8分
苦しみや心の痛みの意味|人生への2つの恩恵

人生について回る苦しみや心の痛み。できれば避けたいものであることはたしかですね。

けれど、生きている限りそれはむずかしそうです。

どうせ避けられないものなら、苦しみや痛みを歓迎とはいかないまでも、平穏な気持ちで迎えられるようになれないものでしょうか。

苦しみや心の痛みが人生になにをもたらすのか、その本当の姿を探ってみました。

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1.なぜ苦しいのかなぜ心が痛いのか

苦しみが起きる理由はなんでしょうか。

それは煎じ詰めると、思い通りにならないからです。

仏教に四苦八苦という言葉があり、人の苦しみを網羅していると言われます。
四苦とは、生老病死。

あとの3つはわかりやすいですが、生まれることは実はたいへんな痛みと苦しみを伴うものです。
環境の激変と合わせて、死と並んで、人生最大の苦しみと言ってもいいようです。

ほとんどの人は誕生時のことを覚えていませんが、赤ん坊だから覚えていないというわけではないようです。
あまりにつらかったので記憶を封じたというのが本当のところのようです。

いずれにしても、苦しいのは嫌なので人はそれを避けたいと思います。
でも、どれをとっても避けたいと思うけど避けられないもの、つまり思い通りにならないのです。

そして、八苦の残り4つ。

愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)
怨憎会苦(憎らしい人と会う苦しみ)
求不得苦(欲しいものが手に入らない苦しみ)
五蘊盛苦(執着する心による苦しみ)

いずれももっともなことに思えますが、前半は単なる事実です。
そうならないようにしたい、つまり、思う通りにしたいという願いが裏切られるから苦しいのです。

2.もし苦しみや痛みがなかったら

人は昔から苦しみや痛みのない人生を願ってやみません。

それでは、願いが叶って、もし人生に苦しみや痛みがなかったら、どうなるでしょうか。
苦しみをなくすには、すべてが思い通りになることが必要です。

もしそうなったら、どうなるか想像してみましょう。

全部自分の思い通りになるのです。
それが当たり前なのです。

ということは、感謝なんかしません。
いつも望む通りの結果しかないんですから。

また、人の痛みがわからない人になるでしょう。
自分は苦しんだことがないんですから、わかるはずがありません。

そして、傲慢な人になるでしょう。
なんでも思い通りになる自分は特別であり、他の人を見下します。

現代の社会ではお金があればかなりのことが思い通りになります。
お金持ちのステレオタイプの一つが傲慢で鼻持ちならない人というのも頷けます。

思い通りにならないこと、つまり、苦しみや痛みの原因は、精神的に未熟な部分を持つ私たちが、傲慢になることを戒め、人の痛みを知り、感謝できるように促してくれているのです。

苦しみや痛みがもたらす恩恵は、それだけではありません。

人は苦しみを避けるため、なるべく思った通りになるように努力します。
入りたい学校に進学するために勉強します。
仕事で成果を出し、昇進できるよう工夫し学んで行動します。
老いるのを遅らせたり健康でいるよう運動します。
素敵な伴侶を得るため、自分の内面と外面を磨いて高めようとします。

そして、達成した時には、大きな喜びが伴います。
これらは人間の素晴らしい面であり、否定することは何もありません。

3.苦しみや痛みには抗えない

とはいえ、人生には自分の力ではどうしようもないこともたくさんあります。

究極を言ってしまえば、誰でも歳をとっていつかは死を迎えます。
愛する人たちも自分も。

また、個人の力ではどうしようもないようなこともあります。
戦争のような国や社会全体を巻き込む大きな出来事がそうです。
それに伴って起きる数知れない悲劇の前に、個人の力などあまりに無力に思えます。

このようなことは普段意識しないかも知れませんが、心の奥深くで私たちの心に無力感を刻み込みます。

そして、そこまで大きなものを持ち出すまでもなく、いくら努力しても思う通りにならないことなんて、掃いて捨てるほどあります。

いくら仕事で成果を上げたくても、どうしてもできない。
いくらいい家に住みたくても、どうしても稼げない。
いくら好きな人がいても、どうしても振り向いてもらえない。

世の中には稀代の成功者という人が存在し、なんでも思う通りにできているように傍からは見えます。
でも、凡人であることを嫌という程知っている私たちにとって、そんなわけにはいかないことはこれまで経験を通して十分思い知っています。

一方、順風満帆な成功者と見える人たちも、数多くの挫折を経験しながら、決して諦めず、今日の結果を得たケースが多いのです。
つまり、思い通りにならない場合もそこであきらめなかったということです。ここに、私たち凡人も学ぶべき点は多くあるでしょう。

しかし、成功者となっても人生は物語のようにそこで終わりません。生きている限り、相変わらず苦しみや痛みを伴う試練は起き続けます。
諦めなかったからといって思い通りになる保証はなく、しかも死から逃れるという願いを叶えられる人は誰もいないのです。

結局、苦しみや痛みは、努力によって自分の思いを達するために、自分を高める方向に導いてくれるものの、自ずから限界があるということです。

4.苦しみや痛みがもたらす真の恩恵

この限界に直面した時、人にはいくつかの選択肢があります。
一つは、人生こんなもんとあきらめ、それでも現状を少しでもよくしようと努力し続ける。

ほとんどの人がこの選択をしているように思います。

中には数少ない成功者のように、死や老いなど人の力はどうにもならないこと以外は思いを実現しようとする人、、
あるいは、人生全体をあきらめて、敗者として生きる人、、
いろんな人がいますが、もしかすると、あきらめる度合い、範囲の問題と捉えることもできるでしょう。

一方、もう一つの選択をする人たちもいます。
それは外側に働きかけることをあきらめ、意識を内面に向けるということです。

昔と違って今は、本質的な知識が世に広まっているありがたい時代です。
これを読んでいる方なら、自分が現実を創っているということを聞いたことがあるはずです。

一見、荒唐無稽な考え方ですが、結論を言ってしまえば本当のことです。
人とは何か、自分とはどんな存在か、生きることとは、といった昔からある根源的な問いかけの答えといってもいいかもしれません。

これの面白いところは、(潜在意識で)思った通りになるということなので、既存の世界観、つまり、私たちは世界の中のちっぽけな存在と信じている人は、そのとおりの現実を創り続けるということです。

また、自分の世界は自分が創っていることはまぎれもない真実ながら、体験する世界は他者との共同創造の部分があるようです。

ですから、他人が関わる現実は必ずしも思ったとおりにはならないのです。
だからといって、これまでのように決してすべてが思い通りにはならない、自分の外にある出来事に翻弄され続ける必要はありません。

5.どうしたらよりよく生きられるのか

そのための鍵になるのが、起きることをどう捉えるかです。

元々出来事には意味はありません。
意味をつけているのは私たちです。

ですから、どのような出来事であっても、その意味は自分自身が決定できます。
自分の心のうちで完結しているからです。

 

これは「物は考えよう」といった、気休めなんかではありません。
自分を取り巻く現実の創造の話です。

人は目の前の現実を見て、自分の中にある価値観で評価判断し、一喜一憂します。
実際は全く順序が逆です。
過去の自分の状態が、現実を創るのです。

ですから、目の前の現実で自分の状態を左右するのではなく、過去に発した自分の思いが現実を創っていることにまずは気づくことが必要です。
想念を観察することは有益な手段です。習慣となり半ば無意識に発している思いが、現実を創っているのです。

目の前にある現実が望むものでなかった場合、つらく感じることもあるでしょう。
自分が苦しみ傷つくような嫌で仕方のない現実を創ったのが他ならぬ自分だったとあってはもっともな話です。

 

でも、それを認めないことにははじまらないのです。
他人のせい、環境のせい、何かの条件のせい、自分の能力、自分の容姿などどうしようもないと思っている何かのせいにしている限り、自分は被害者のままだからです。

それを認められたとしたら、起きてしまったことへの捉え方も変わるのではないでしょうか。
苦しみや痛みに関しても同様です。
苦しみや痛みは忌むべきもの、回避すべきものではなくなります。

現実は過去に発した自分の思いを確認させてくれるものです。
「あぁ、そう思っていたんだね」と過去の自分の思いや状態を受け入れて認めます。
そして、苦しみや痛みは、それを感じる「今ここ」に意識を留めてくれるアンカーになります。
現実が創造されるのは過去でも未来でもなく、今という瞬間しかないからです。

「今この瞬間の体験に心を集中させ、評価・判断をしないでありのままを観察すること」

これはマインドフルな状態、ゾーンやフローの状態とも共通するものです。
適度なリラックスと高い集中が同居しており、高いパフォーマンスを上げることが可能です。

 

なるべく長い時間、このような意識状態でいることが、将来において、自分にとって望ましい現実を創造することにつながるのです。

すべてのことはそうある理由を持っている、言い換えれば、必要なことが起きている、つまり、必要なことしか起きないのです。
だとしたら、目の前のことに右往左往するのではなく、何があっても安心という状態をなるべく長時間保つことほど重要なことはありません。

それは言うなれば心の奥深くにある本質の自分、それは純粋な愛の波動ですが、とつながっている状態なのです。

6.まとめ

誰もができれば避けたいと思う苦しみや痛み。
あえて求める必要はもちろんありませんが、無理に避けようとする必要もまたないのです。

苦しみや痛みは、本来の自分の状態からズレた時に、気づかせて直させてくれるために起きてくるのです。

以上

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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