悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

登山の膝痛克服体験から得た悟りへの教訓

約 7 分
登山の膝痛克服体験から得た悟りへの教訓

毎年春〜秋にかけて、自己成長、つまり悟りに近づく取り組みの一助として登山を行っています。

今年はコロナ自粛の流れで山小屋のオープンが遅れていましたが、7月に北アルプスに行けることになりました。

人がほぼ入っておらず荒れていない自然のままの状態の山を体験できるのが楽しみです。

そこで、自粛期間中はずっと家に籠もっていたため足腰がなまっていると思い(気をつけてはいたのですが)、トレーニングを開始しました。

少しダンベルをザックに入れて近所の荒川河川敷を歩き、土手を登ったり降りたりしています。

そこで、ふと10年ぐらい前に炒めた膝が今でもうずくことに気付きました。

登山は膝痛との戦いなんていう人もいて、僕自身そういう時期がたしかにありました。

というより、もう登山は無理かもと思ったほどひどかったのですが、今はまったく気にならなくなりました。

それも、膝の状態が改善したわけでなく、膝痛に苦しんだ時と同じような状態ですが、今はほぼ気にならなくなったのです。

その経緯とそこから学べることについてまとめてみました。

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1.膝トラブルは治らない

膝を痛めたのは、忘れもしない奈良県にある大神(おおみわ)神社の御神体である三輪山に登った時でした。

調子に乗って下をずっと走り降ってしまったんです。

頂上で瞑想していたら、地面の下から白い光が上がってきて、なんか元気になってしまったんですよね(笑)

たしか2回ぐらい滑って転んだような記憶があります。

完全にスピードオーバーで危なっかしかったですね。

下山して少し膝が痛かったんですが、この時はまだそれほどではありませんでした。

本格的に痛くなったのは、その翌年に富士山に登った時です。

一般に膝が痛くなるのは下りの衝撃のせいと思われがちですが、実はそれだけではありません。

上る際に大腿四頭筋(腿の前側の筋肉)に負担が集中し、筋疲労で膝が痛くなるというパターンがあり、私の場合はいつもそれでした。

その時も、降り始めるとほぼ同時に膝が痛みだし、一歩降りると激痛が走るというありさまでした。

もう地獄でしたね。富士山なので平坦な場所などなく、5時間ぐらいずっと下りですから。

登山口の5合目が果てしなく遠く感じられたものでした。

やっとのことで下山しても平地を歩くのも難儀するありさまで、痛みは3日ぐらい続いたでしょうか。

それ以来、完全に膝があかんようになってしまい、2、3時間登っただけで、歩けないほど痛むようになってしまいました。

それでも埼玉県の両神山、北海道の大雪山旭岳に登ったりしていました。

もう登山を楽しむことはできず、痛みとの戦いでした。

もちろん対策はやってみました。

両手にトレッキングポールを持ち、CW-Xというサポートタイツを履き、キネシオテープを巻いて。

この中で、一番効果を感じたのは、キネシオテープでした。

その次がサポートタイツで、膝が痛み出すのを遅らせる効果がありました。

トレッキングポールは痛む膝に負荷がかからないようゆっくり降りるのに役立ちました。

まぁ気休め程度でしたけれど。(痛いものは痛い)

他にも歩き方を変えたり、ゆっくり登ったり、独力で研究していろいろ試してみました。

ただ、いろいろ試しても、膝の痛みがなくなることはなく、毎回激痛に襲われるのでもうすっかり嫌になってしまいました。

ある程度年齢がいくと、膝って治らないのかもしれません。

2.現れた救いの神

いろいろやったけど、ことごとく膝痛を解消するには至らず、途方に暮れたような状態でした。

そんなとき、ある山行で同年代の友人が登山後半でも颯爽と歩いているのを目にして驚きました。

聞いてみると、ここ何年か、歩き方を研究してきたとのこと。

それで、いくつかのトレーニングとともに歩き方を教わったのでした。

なかでも一番効果を感じたのが、ロコムーブという基礎トレーニングでした。

ハムストリングスという腿の後ろ側の筋肉と股関節が使えるようになったのが大きかったです。

その他ストレッチや関節の柔軟性をあげる運動を行い、ずいぶん楽に歩けるようになりました。

その後は自分で研究して改良を重ねていきました。

なかでも、昔の日本人の体の使い方、歩き方を参考にしました。

ナンバ歩きなんかが有名ですね。これは同側の手と足を出すものです。

そして、荷重はかかと着地!

膝に衝撃を受けないためには、爪先着地がいいと思っていたので、これは意外でした。

しかし、股関節をうまく使えば大きい筋肉でしっかり受け止められ、実に安定しています。

日本人の歩き方は、後傾姿勢、かつ、かかと荷重だったのです。

その証拠に、草鞋(わらじ)は鼻緒が先端に付いていて、足先が先端からはみ出す履き物です。

これで爪先荷重だと危なくて仕方ありません。いっぺんで爪先を痛めてしまうでしょう。

 

3.息も絶え絶えだったはずが・・

そんな感じで研究していくと、どんなに歩いても膝の痛みとは無縁で歩けるようになっていきました。

とくに苦しさを感じながら丁寧に登ると、あまり疲れずにどこまでも歩き続けられます。

意識としては丁寧にゆっくりなんですが、実際には標準タイムの6、7割のタイムなのでかなりハイペースです。

それでいて主観的にはそれほどしんどくないんですからいいと思いませんか。

ポイントは、苦しい時、苦しさを押さえつけて感じないようにしてがんばらないことです。

苦しさをちゃんと感じて、急な上りでは苦しくないようにペースダウンすることです。

多くの人がやりがちなのが、苦しさを早く終わらせようと、苦しさを感じないようにして、頑張ってとにかく登り切ろうとすることです。

これをやると、苦しさのダメージはより大きくなる上、表面の意識では感じないことにしても、潜在意識はしっかり感じているので、あとで大きな反動がやってきます。

もう一つは最近分かったのですが、日本語には他国にはない「身を入れる」という表現があります。

身を入れると、遍在する宇宙の生命力エネルギーが流入し、動き続けることができるのです。

そのためには、後傾気味の姿勢が適しているのです。古くからある知恵はすごいです。

4.登山以外への応用

最後に、このサイトのテーマは悟りなので、これまで書いてきたことが、登山以外の人生全般でどのように役に立つかについて触れてみたいと思います。

一つ目の教訓は、がんばらない、無理しないことの大切さです。

仕事や勉強でも、苦しさを押さえ込んでがんばると必ず反動がきます。

すっかりやる気がなくなったり、体が受け付けなかったり、病気になったり。

そうならないためには、感じている苦しさを判断基準にスピードを落とし、なお残る苦しさはしっかり感じきってやるのです。

二つ目は、悟りに関連したことでは、心だけで心を高めるのは限界があるということです。

現代人はすぐ頭、思考を使いますから。

今にいなくなってしまうんです。過去や未来の妄想は心を磨きません。

現実遊離、現実逃避のフワフワしたスピリチュアルになってしまいます。

地に足をつけて生き、心を磨くためには、身体を使って「身を入れて」何かをするのが有効です。

身を入れて入ってくる生命エネルギーって、この宇宙を創造したオールイズウェル(万事良好)のエネルギーなんです。

5.まとめ

年齢とともに身体の各部が衰えてくるのは仕方がないことではあります。

しかし、私たちはまだまだ自分の身体のポテンシャルを十分引き出しているとは言えないようです。

関節や筋肉の使い方、姿勢、呼吸など基本的なパーツや部位、機能の使い方次第で、自分でも驚くような<性能>を発揮してくれます。

そしてそれは、心も同じ。

いえ、物理的制約がない分、可能性は身体以上に無限といえるでしょう。

悟りはもちろん、幸せ、喜びを人生から引き出すのは、心の使い方次第です。

すばらしい機能を持つ心を上手に使って、充実した人生を築いていきたいですね。

今後もHPで役に立つ情報を発信していきます。

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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