悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

女性性(アワ)こそが混迷の時代を安心して生きるカギである理由

約 10 分
女性性(アワ)こそが混迷の時代を安心して生きるカギである理由

現在、世界を席巻しているコロナ禍という災厄は、今という時代を象徴する出来事かもしれません。

さまざまな情報が飛び交い、いろんな立場の人がいろんなことを言ってきました。

インフルエンザと変わらないという人もいれば、日本も海外のように大変な事態になるという人も。

PCR検査をもっとやるべきという論もあれば、医療崩壊するからダメという主張もありました。

今後も何が正しくて間違っているかはなかなか判断がつかないことが少なくないでしょう。

もはや何を信じていいかわからない混迷の時代と言えます。

間違いなく言えそうなのは、本当の経済的ダメージはこれからだということ。

そして、感染の第2波が到来するのは確実と言われています。

こうした状況では集合意識が不安に飲み込まれているので、その影響を受けて振り回されたり右往左往し、自分を見失いがちです。

そんななか、これからは女性性の時代。そう言われて久しいですね。

私もこの女性性こそ、どんな状況にあっても個人が幸せにしなやかに生き抜くカギであるように感じます。

その理由と具体的な生かし方についてまとめました。

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1.女性性(アワ)を優位に

女性性(アワ)の対極は、言うまでもなく男性性(サヌキ)です。

アワ、サヌキというのは、日本に数万年前に存在したとされる上古代文明における呼び方です。

女性性は女性の本質ですが、女性だけが持つものではなく、男性も持っています。(男性性も同じです)

女性性を「女性らしさ」といったイメージで捉えてしまうと、男性には縁がないという方へズレてしまうので注意が必要です。

あくまである特定の性質の名称という意図を込めて、以下では「女性性(アワ)」、「男性性(サヌキ)」と記すことにします。

***

では、女性性(アワ)と男性性(サヌキ)では、どちらが大事でしょうか?

この手の質問はたいていの場合、くだらない問いかけです。

どちらか一方が欠けても成り立たないものだからです。

しかし、今という時においては、間違いなく女性性(アワ)こそ重要と敢えて断定してしまいます。

なぜなら、それは、今の社会で多くの人が苦しんでいる多くの原因が、女性性(アワ)の軽視にあるからです。

女性性(アワ)を復権することが、個人や日本の社会、ひいては、人類全体の危機を回避することにつながります。

大きすぎる話のように思えるかもしれません。

しかし、実際に、目に見えないものこそが本質であり、本質からの働きかけなくしては、人類が存続することはもはや困難だと私は思います。

そして、目に見えない本質を察知する感受性とは、女性性(アワ)の働きの現れなのです。

近年、少しずつそれに気付く人が増えていて、心強いかぎりです。

ぶっちゃけてしまうと、男性性(サヌキ)優位の人にはまったくわかりません。

目に見えるものしか見ていないし、そもそもそれを感じる力が欠けているからです。

けれど、現代社会は男性性(サヌキ)優位なので、その鈍さこそが社会でうまくいく要因であるというおかしなことになっています。

自分が間違っている場合でも堂々と自分の正しさを主張したり、人の迷惑を気にすることなく自分の欲求を満たそうとしたり。

そういう人が評価され、社会で高い地位を占め、リーダーとして社会を動かしているので、なかなかよい方向に向かわないのです。

***

歴史的に見ると、かつて世界には女性性(アワ)型の文明、社会がいくつもありました。

ところが、男性性(サヌキ)型文明(西洋文明)が、その特色である技術力や攻撃性でほとんどすべての国を男性性(サヌキ)型に塗り替えてしまったのです。

唯一残ったアワ型社会が日本だったのですが、明治維新と敗戦を経て今や風前の灯火の状態です。

女性性(アワ)から男性性(サヌキ)という流れを逆転させることに成功した文明はいまだかつてありません。

しかし、困難だからといって、子供や孫、後に続く世代のためにも、あきらめるわけにはいかないのです。

2.女性性(アワ)の真の意味とは

話が大きくなったので、いったん個人的なレベルの人生の改善に話を戻しましょう。

女性性(アワ)の復権はよいとして、はたして女性性(アワ)とはなんでしょうか。

女性性(アワ)の本質とは、自分より相手を立て、相手がうまくいくようにサポートする働きです。

もっというと、男性性(サヌキ)に先立ち、男性性(サヌキ)を醸して、男性性(サヌキ)がうまくいくように心を配って安全を守ろうとします。

男性性(サヌキ)が外に向かって現れる(現象)のに対して、女性性(アワ)は内に向かい内観します(潜象)。

女性性(アワ)の特性や能力を記すと、感受性、精神、受動的、母性、心人間などです。

一方の男性性(サヌキ)は、判断力、行動、能動的、父性、頭人間などです。

***

これを踏まえて、一個体のなかで、女性性(アワ)と男性性(サヌキ)が生命現象としてどのように働くのか。

動物、そして、人間の機能として、まず外部の情報を五感により感受します。これは女性性(アワ)の働きです。

この時、空間に遍在する生命エネルギーを受け取ります(体の中に流れ込む)。

そして、その生命エネルギーを使って、よりよく生きるために判断し、行動するのです。これが男性性(サヌキ)の働きです。

人間や他の動物は、

女性性(アワ)が支える感受性=>男性性(サヌキ)が支える判断力という順序で働くこと

で、外界の状況や刺激に対して生きるために正しく反応することができるのです。

このように、女性性(アワ)が男性性(サヌキ)に先立ち、女性性(アワ)は男性性(サヌキ)のベースになります。

判断する思考を、生命力を生み出す感受性が支えているので、生命を大切にする「正しい」判断ができるのです。

ところが、人間は大脳の発達と引き換えに、女性性(アワ)を蔑ろにした、男性性(サヌキ)のみの思考や判断ができるようになってしまいました。

自然破壊や戦争など生命を損なうような人間本位の振る舞いは、すべてのこの男性性(サヌキ)の暴走から生まれます。

***

さらに、女性性(アワ)を高めることは、この延長線上で、もっと重要な意味を持ちます。

それは女性性(アワ)を増やすことこそ、人格を磨くことであり、徳を高めることだということです。

対する男性性(サヌキ)は、才覚や具体的に何かをする能力(才能)です。

先ほど、女性性(アワ)の本質は、相手がうまくいくようにサポートすることであると書きました。

実際、そのような縁の下で人を持ち上げるような行動が、人間としての器を広げ徳を積むことになるのは体験的にもよくわかることではないでしょうか。

3.女性性(アワ)開花でしなやかにしぶとく生きる

ところが、今の社会は徳よりも才に重きを置く社会です。

学校の試験で測れるのは才覚のみに過ぎませんが、試験でよい成績をとることで、社会の中で重要な地位に上がっていけますね。

西郷隆盛は、「徳高き者は高い地位につけ、才覚ある者には褒賞をもって報いよ」と言っています。

中国の古典は、「徳が才を上回る者を君子、反対に才が徳を上回る者を小人」と述べています。

小人はどんなに才覚が優れていても、それを私利のために使おうとするので、決して人の上に立たせてはいけないということです。

徳が才を上回る君子をリーダーとし、その指示のもとで、小人の才を使うようにすべきだというのです。

ついでながら、奈良時代の日本が中国から律令制度を取り入れながら、科挙(官僚登用試験)を取り入れなかったのは本当に慧眼だったと思います。

一方、人格の錬磨を軽視してきた今の日本は、国民も、その代表である政治家も小人ばかりが幅を利かせ、どうしようもなくなっている状態ではないかと思います。

男性性(サヌキ)は、女性性(アワ)とは逆に、他人より自分、そして、頭ばかりで心(深い洞察力や感受性)が乏しく、目に見えるものしか感知できません。

今起きていることが心から納得できるのではないでしょうか。

***

とはいえ、嘆いてばかりいても仕方がありません。

他人や社会がどうあろうと、自分が幸せに生きるのは自分の責任です。

他人にそれを委ねた時点で、不幸は約束されたようなものです。

では、どうするのかというと、ここでももちろん女性性(アワ)が鍵となります。

女性性(アワ)を高め、感受することで生命力、すなわち、遍在する生命エネルギーが流入すると言いました。

具体的な方法は後述しますが、まさにこの仕組みを使うのです。

生命エネルギーに満ちて生き生きした状態だと、閃きが降りてきてよい判断ができます。

***

経営コンサルタントの福島正伸さんは、こんなことを言っています。

「『あらゆる手段』を尽くすことは人間にはできない。なぜならその前にうまくいってしまうから」と。

あきらめるから、なんともならないのです。

そして、生命エネルギーに満ちていれば、なんとかしてよりよく生きようという努力をあきらめることなどないのです。

世の中や周りの環境がどのような状況であれ、安全安心は約束されているのです。

4.自分を責めるのも女性性の特性

ここまで読んで、そううまくいくだろうか、自分はダメかもと思った人がいるかもしれません。

そういう人は、女性性(アワ)のダークサイドに陥っている可能性があるでしょう。

女性性(アワ)のダークサイド、すなわち、ネガティブな側面とはなんでしょう。

それは、自分より他人を優先する性質からきています。

現実生活においても、自分より他人の考えが正しいと思ってしまいやすいので、自分の方が正しい場面でも相手の言い分に耳を傾けてしまいます。

自分が悪いのだ、間違っているのは自分だと思ってしまうのです。

何しろ相手が男性性(サヌキ)タイプの場合、心から自分が正しいと思い込んで、堂々と自説を主張してくるからです。

そうして、自分を認めず、自信が持てない、自己否定の悪循環に陥ります。

無力な被害者として、自分の気持ちをわかって欲しいというポジションを取りがちです。

わかって欲しいと思いながら、主張することもできず、ますます自分に嫌気が差すというネガティブ・スパイラルです。

現実は自分が作るのですから、このように感じていればいるほど、そう感じる出来事が周りに増えるということです。

女性性(アワ)も男性性(サヌキ)も、それ自体はよいものでも悪いものでもありません。

負の側面を知って、よりよい面が現れるようにしましょうということなのです。

女性性(アワ)のダークサイドが目立ってしまうのは、十分な人格の練磨がないためです。

乗り越えるには、やっぱり女性性(アワ)を高めて人格を養うことが欠かせないのです。

5.女性性を高めるには

では、具体的に女性性(アワ)を高めるのには、どうすればいいのでしょうか。

それは感受性を養うことです。

そのためには、何をするにしても気持ちを込めて丁寧にゆっくりと行うとよいのです。

「身を入れる」という言葉がありますが、このミというのが実は上古代語であり、先ほどから述べている生命エネルギーのことです。

まさに、ミを入れることで、生命エネルギーが充実し、人格が磨かれるのです。

日本語の教えの尊さ、深遠さです。

「味わい愛でる」という表現がしっくりくる人もいるでしょう。

対象を大切に思い、やさしい気持ちで関わろうとすることです。

ミを入れることは、実はなんでもできます。呼吸から、考えること、寝ることまで。

けれど、最初は、体や手先を動かすことが、余計な頭が働かずにやりやすいでしょう。

具体的には、掃き掃除、拭き掃除や、窓や鍋など何かを磨いたり、料理をしたり、細工物をこしらえたり。

要するに、単純作業に類することです。

家事に属する仕事が多いですが、実際、女性は家事をすることで徳を積んできました。

家事はつまらない仕事、価値のないことなんかではなく、人として成長するための大事な修練だったのです。

誰しも、しぶしぶ掃除を始めたけど、終わる頃には心がスッキリして体も元気になったという経験があるのではないでしょうか。

ミを入れて生きることが、女性性(アワ)を増やし、感受性と生命力を高め、よりよい判断のもと行動し、人生を切り開いていく非常にすぐれた行動指針なのです。

6.まとめ

コロナとともに生きるのは、たしかに大変な面は多いかもしれません。

しかし、私にはコロナが行き過ぎた男性性(サヌキ)への歯止め、もしくは、警鐘として現れてきたようにも思えます。

まずは女性性(アワ)の豊かなあなたが、自分の中にある女性性(アワ)を大切にして、幸せになることです。

それがひいては、日本の社会を立て直し、人類を滅亡から救うきっかけになるように思います。

壮大な道のりですが、どんな旅も最初の一歩から始まります。

まずは私たちから始めましょう。

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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