悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

不安と希望が交錯する変化の時代、令和をどう生きるか

約7分
不安と希望が交錯する変化の時代、令和をどう生きるか

年が明けて、令和が本格的にスタートしています。

先行き明るいとは言えない時代だからこそ、このタイミングで、令和を展望し、どう生きていくかを考えることが重要だと思います。

令和がどんな時代であるか、幸せに生きるためにどんな準備が必要なのか、スピリチュアルな視点からまとめてみました。

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1.令和は不安の時代

令和がどんな時代になるかについては、変化や変革を予想する人が多いようです。

変化に柔軟に対応し、新しい価値観や多様性に寛容な社会になっていけばいいですね。

失われた30年と言われる平成が終わり、気持ちを新たにしたいところです。

しかし、無責任な楽観は禁物で、むしろ令和は「不安の時代」であると私は考えます。

良きにつけ悪しきにつけ、これからは相当大きな変化が予想されるためです。

客観的事実をみてもそうですし、スピリチュアル的にも激変という相が出ているようです。

人は本能的に変化を嫌うので、大きな変化は不安に直結します。

平成は失われた30年

また、平成以降、社会が悪い方に変化し続けてきた事実も不安を助長します。

具体的には、日本全体が世界の成長から取り残され、多くの人が貧しくなりました

過去20年の名目成長率は主要国中最下位で、日本経済が世界経済に占める比率は1989年の15.3%が、2018年には5.9%と3分の1まで低下しています。

そして、国民の方を向かない政治のため(国民自身で選んだことですが)、大多数を占めていた中間層が貧しくなり、極端な二極化が進みました。

一度貧困に落ちてしまうと、不安定な非正規雇用が広がった社会では、貧困からの脱出は容易ではありません。

子供の7人に1人が貧困状態といわれるなど、貧困スパイラルの世代間連鎖が始まってます。

そのほかにも、少子化、高齢化、医療費増大、健康保険、年金破綻など、国を滅しかねない深刻な課題が山積みです。

好材料は少ない

一方で、明るい材料はあまり見当たりません。

政治家をはじめ未来を良くするように先頭に立って行動するべき人が、ほとんど何もしていないからです。

このままでは、失われた30年が、40年、50年と続いていくことも十分ありえるでしょう。

大地震や豪雨や洪水をもたらす気候変動など、最近の自然災害の頻発も懸念材料です。

ここでなんとかしないと、日本は衰退から崩壊、滅びへと進んでいきかねません。

個人や小さなグループで頑張っている人はたくさんいると思います。

ただ、残念ながらまだそれほど大きな動きになっていません。

多くの人が、明日の糧のことで頭がいっぱいで、余裕と寛容さをなくして、人々が分断されるよう仕向けられてきたからです。

なので、この「不安の時代」という流れ自体が当分続くことは避けられないでしょう。

一人一人の主体性が問われる

大きな流れの前に個人は無力であり、いくら自分一人でなんとかしようとがんばってもどうにもなりません。

そのことは直視する必要があります。

その上で自分はどうするか、それが問われると思っています。

今勝ち組(嫌な言葉ですが)に属していても、この先はどうなるかわかりません。

心身の病気、勤め先の業績悪化による減給、リストラなど、人生にトラブルやつまずきはつきものです。

すべての人にとって他人事ではないのです。

厳しい状況に打ちのめされて絶望しても、目を背けて能天気になっても、いずれにしても他人に支配される犠牲者の人生です。

それを受け入れるのも一つの選択ですが、それがいやなら、人がなんとかしてくれることなどないわけで、自分で立ち上がるしかないのです。

2.令和はまた希望の時代

前の章では、令和を「不安の時代」と位置づけました。

たしかに目に見える世界だけを見ていればそのとおりでしょう。

しかし、本質に視野を広げたとき、令和は同時に「希望の時代」でもあります

つまり、目に見える世界の背後にある目に見えない世界を含めれば、変化のなかに大きな希望が見えてきます。

戦後の物質的繁栄の終わりとは、古い仕組みが壊れて解体していくことであり、そのあとに新しいものが生じるスペースが生まれるからです。

世の中の混乱に備える

もしかすると人災と天災のダブルパンチで、目に見える世界としては社会が相当な混乱の様相を呈するかもしれません。

そうなった場合には、おそらく変化に翻弄される人の恐れや絶望が世の中に蔓延するでしょう。

避けたいのは、目に見える世界で起きることだけに意識を取られ、混乱に巻き込まれて自分を見失うことです。

今後起きうることとして用心するに越したことはありません。

こうした場合に、役に立つ考え方があります。

よく言われる、人間の本質は魂であり、肉体はこの世界での魂の乗り物のようなものとう考え方です。

この考え方では、「人は死にません」。

正確に言えば、肉体の死の後も魂は生き続けます。

遅かれ早かれ肉体は死を迎えます。そんなことは当たり前と、誰もが言います。

でも、世の中では多くの人が、死を前にすればどうでもいいような日々の雑事に追われ、悩み、あの世には持っていけない物を得ることに血道を上げています。

ですから、当たり前のことをいつもしっかり意識する必要があります。

肉体の死より恐れるべきもの

本当に恐れるべきは、肉体の死ではありません。

恐るべきは、魂の死です。

魂は肉体の死とともに死ぬわけではありませんが、絶対に死なないわけでもないようです。

魂が生まれた目的からあまりにかけ離れ、もはや目的を達する見込みがなくなると、魂は死を迎えます。

見込みがないとはどんな状態かというと、地球人類の今の生き方、あり方がぴったり当てるかもしれません。

万物の霊長として、自然界にある全生命の発展を助ける立場でありながら、まったく正反対のことをしていますね。

これでは人間が存在する意味がありません。

魂の死とは、魂を海の一滴に例えるなら、一度海と一体化し、再構成されるということです。

肉体が分子レベルに分解されて、再利用されるのと同じような仕組みかもしれません。

連帯責任のようなものではないでしょうが、地球人類の集合意識として平均レベルにある魂は、運命をともにする可能性が高そうです。

誰の考えも信じないでください

ここまで私の考えを述べてきましたが、もちろん個人的なものです。

自分の人生で時間をかけて真剣に探求してきましたが、だからといって鵜呑みにしないでください。

信じる信じないという話ではありません。

誰かを信じてついていくという時代が終わったのです。

これまでは宗教の時代であり、政治も経済も社会も家庭もすべてがこの仕組みでした。

しかし、令和の変化はこのような原則の変更も含んでいます。

外部ではなく、あなた自身の中に必ず答えがあります。

同時に、自分自身の中にしか答えはありません。他者に求めてもダメなのです。

それは真の科学の時代です。

科学といっても限界だらけの現代科学のことではなく、目に見えない本質の世界を含めた事実に基づく科学ということです。

自分の中にある答えは、非言語情報なので、論理的思考ではすべてを説明したり理解することはできません。

自分で感じるしかないのです。

それを求めるのが悟りの道であり、それこそが真の科学です。

新しい白いキャンバスにどんな絵を描くかは、私たち一人ひとりに委ねられているのです。

3.まとめ

以上の見たように、令和は不安と希望が交錯する大きな変化の時代です。

世の中の大きな流れは決して明るいとはいえないので、大勢に流されていれば人生がよくなることはないでしょう。

日本の現在の状況をちゃんと認識したうえで、自分がどう生きるか覚悟を決める心の準備が求められます。

逃げたり心に蓋をしてごましたりしても、決してうまくいきません。

そうはいっても、わからないという思いがでるかもしれません。

それも無力になりたがる一種のクセですから、もうやめましょう。

無意識的には、わかっているはずです。

私たちは、神の御霊の一部を魂として分けていただいている身ですから。

以上

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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