悟りの窓

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「あぁ、もう、なんだか生きづらい!」母親の期待が娘を隠れアダルトチルドレン に

約11分
「あぁ、もう、なんだか生きづらい!」母親の期待が娘を隠れアダルトチルドレン に

親からの虐待、ネグレクト、アルコール依存症の親を持つ子供が、幼少時に親からの健全な愛を受けられず、精神的不安定や対人関係の問題を引き起こしやすいアダルトチルドレン と呼ばれる大人になることは、それなりに知られてきたかもしれません。

しかし、第三者からは仲のよい母娘のように見えるし、娘本人も親子関係にはそれほど問題を感じていないにもかかわらず、実は本人が感じている「生きづらさ」の大きな原因となっていることがあります。

ごく普通に生きてきたはずなのに、むしろ恵まれている方なのに。。

にもかかわらず感じてしまう「生きづらさ」。この「なんだか」が曲者です。

「ぜいたく」「ワガママ」「自分勝手」「罰当たり」といった言葉で、ますます自分を追い込んでしまうケースもあるようです。

でも、それはあなたが悪いわけではありません。虐待などの典型的な原因とは別の要因によるアダルトチルドレン 、いわば隠れアダルトチルドレン の症状なのです。

そんな「生きづらさ」を持つ隠れアダルトチルドレン の女性とその母親の特徴についてまとめました。

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1.隠れアダルトチルドレン(娘)の特徴

(1)長女タイプ

個々の性格にもよるので、必ずというわけではありませんが、最初の同性の子供である長女に自分の姿を見て、期待をかけるケースが多いようです。

このような長女タイプの人は、性格としては、しっかりもの、聞き分けがいい、親の手伝いをよくする、下の弟妹の面倒見がいいなど、いい子の性格や特徴を備えています。

反対に妹には大した関心を示さず、妹は放置されたという思いから姉を羨ましく思い、一方の姉はほっておかれていて自由に振る舞える妹を羨ましく思うことがよくあります。

(2)母親のよき相談相手

母親は子供を自分の分身のように感じていて、娘というより仲の良い友達として扱いがちです。

母親は人格的に未熟な部分を抱えていますが、本来であれば、大人同士、一番妥当なのは夫婦間でお互いを支え合うべきところです。

それができないとき、あろうことか自分の子供を頼ってしまうのです。

娘は、子供であるにもかかわらずなんでも相談されるので、無邪気な子供ではいられなくなってしまいます

子供としては大人扱いされてうれしかったりするのがまた厄介なところです。

とりわけ、母親は、本来頼るべき夫に頼れないことを、娘に相談します。まぁ、不満や愚痴ですね。

これは最悪の行為で、子供は子供らしくいることを阻害される以上の害があります。

どちらも大好きな両親のどちらに付くかと迫られれば、深刻な葛藤が生じます。本来、そんな選択をさせてはいけません。

また、自分の源の半分である父親に関する否定的な考えを聞かされると、子供は自分を否定する傾向に陥りがちとなります。

自分の中に相反するものがたくさん生まれてしまい、分裂的な気質が生じ、内面の穏やかさ、世界に対する信頼が損なわれます。

(3)母親の期待という動機

このような子供の行動のモチベーションは、母親の期待に応えることです。

大好きな母親の喜んでくれる顔を見ることが本人の喜びであり、ほとんど唯一といってもいい行動原理となり、母親からほめられたい、いい子でいたいという思いに支配されてしまいます

本来人は、自分の内側にある内発的な動機によってこそ、活動のエネルギーが生まれます。

人間は生まれた時は無力な存在で親の庇護なしには生きていけません。その親を喜ばせたいというのはある意味真っ当な思いですが、成長するにつれて、内発的な動機へのシフトチェンジが図られます。

この移行がうまくいっていないということなのです。

(4)自分を見失うという弊害

その弊害は大きく、無意識のうちに母親の期待に合うような選択をするようになります。

ヘアスタイル、洋服、好きな男性のタイプ、進路など、人生のあらゆる面に及びます。

または、ある分野は自由だけど、ある分野は親の言いなりということも起きます。これは親の関心があるかどうかで決まり、その意味ではやっぱり親の都合どおりといえます。

そうするうちに、自分の気持ちや感情に蓋をし、見ないことにしてしまいます。それに気づいてしまうと耐えられないからです。自己防衛の一種ですね。

その延長で、特定の時期の記憶がないという人もいます。親から世話を焼かれて、うるさくて嫌と感じているはずなのに覚えていないとか、中学校時代の記憶だけすっぽりと抜けているとか。

自分の気持ちや感情を見ないことの代償は大きいです。しまいには、自分の深い部分とのつながりが弱まってしまうので、自分が本当にしたいことさえわからなくなってしまうのです。

(5)曖昧な将来のビジョン

娘は自分のしたいことがわからないので、やりたいことは特にないとなりがちです。

学校を出て、就職し、結婚し、出産し、家庭を築く、そういうものだと漠然と考えていることがあります。

言ってみれば、「ふつうの人生」という言葉に集約される世間や社会が描く最大公約数的な将来像ですね。

本当は人はそれぞれがユニークであり、「ふつうの人」なんて一人もいません。

にもかかわらず、世間の価値観に合うような「ふつうの人生」こそが誰もが認める「ちゃんとした」人生であり、そうなったらきっと幸せになれるという幻想を抱いてしまいます

(6)抱きがちな思いと感情

子供は親が望むとおりの人生を生きようとしますが、母娘でも別の人間ですからまずうまくいきません。たとえば、良妻賢母タイプの母親の娘が同じタイプとは限らず、放任主義のいうこともあります。

また、母親は自分ができなかったのを棚に上げ、娘には進学や就職などにおいて理想の完璧な実現を要求することも少なくありません。

そうすると娘の方は、自分は母の期待に応えられないダメな子だと、あるいは、「ふつうの人生」さえ送れないのだと感じてしまい、劣等感や不全感を抱くようになります。

このような、人生を強いられたら誰でも不本意であり、怒りを覚えたとしても無理はありません。しかし、相手が母親であることがまた厄介です。

育ててもらった恩、面倒をみてくれた愛情、母親に負担をかけたり我慢を強いたりしたこともまた事実です。

その母親を断罪し、怒りを覚えることに罪悪感が伴います。母親もその点は心得ており、娘の怒りに対しては、罪悪感を呼び覚ますことで対抗してくるのです。

2.典型的な母親の特徴

(1)大切にしている価値観

母親にとって、大切なことは人からどう見られるかです。自分を評価する基準が他人や社会など外部からの賞賛だからです。

世間の目や対面には特に敏感です。無理して見栄を張るようなことも多いでしょう。そうなると、子供の気持ちは二の次になりなってしまう傾向があります。

このようになるのは、母親自身が内発的動機で生きて来られなかったためと言えるでしょう。後述のように生まれ育った時代的な背景もあり、今より自分基準で生きることはたいへんだったかもしれません。

(2)母親のモチベーション

前項のように、抗えない社会の壁に順応するうち、自分の欲求を満たすために、より弱者である娘を意のままに動かすことに活路を見出したと言えそうです。

娘を自分と同一視して、自分が果たせなかった思い、実現できなかった人生を生きて欲しいと思っています。

そのために、たくさんの習い事に通わせたり、塾や家庭教師などにお金をかけるなど教育熱心です。その投資が、姉妹のあいだで長女に集中し、妹には手が回らないなど、バランスを欠いてしまう傾向も見られます。

長女には負担が強まり、妹は疎外感をより募らせるという意味で、お金もエネルギーという意味がよくわかる現象です。

(3)価値観の背景にあるもの

母親世代は第1次ベビーブームに生まれた団塊世代に代表されます。戦後民主教育を受け、男女平等の教えを受けたが、進学、就職で女性差別は根強く(現在もだが)、夢破れた体験があります。

夫は高度成長期を支えた仕事人間であることがよくあるパターンです。残業は深夜まで及ぶことが多く、休日も出勤やゴルフで物理的にも不在。家庭のことは妻に任せてある、自分は無関係という考え方で見て見ぬふりをし、精神的にも不在なのです。

自身が不安定な母親としては娘に頼らざるを得なくなってしまう。家庭とは夫婦と子供からなるのではなく、母親と子供で構成されるものという認識になってしまいがちです。

家庭に入り、出産で社会との関わりを断たれたことに心残りに思う気持ちが強い。このため、いい子を育てることが自分の価値の証明となっています。

そのような母親に育てられた娘は、自分が母親になった時、無意識に娘に対して同じような行動に出ると言われています。世代連鎖という現象です。

母親への反発から逆の言動をすることもありますが、それもまた影響を受けての行動であることには変わりありません。

(4)無自覚という最大の罪

母親には母親の傷ついた体験、挫折の体験があったことがわかりました。

しかし、「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない」と言われますよね。

母親の認識として、自分のためにやっているとはつゆほども思っていない、つまり、自覚がないことが最大の問題です。

自覚がないとなんとかしようという気も起きず、責められると逆上するということがよく見られます。

本人にとっては、すべては娘の幸せのためであり、自分は「世間の誰もが認める」いい母親なのです。

その自己完結したお花畑的幻想が、この問題の解決をむずかしくしています。

3.現象を読み解く

(1)母娘の葛藤の本質とは

こうした母娘の葛藤を読み解くために、少し抽象度を上げてみましょう。そうすることで、起きていることの実相がよりはっきりすることがあります。

なぜ母娘という強い縁で結ばれており、お互いの幸せを一番に考えてもよいはずの関係にあって、上記のような葛藤が生じるのでしょう。

私は、この葛藤の本質を「思いどおりにしたい」という思いのぶつかり合いと読みます。

本来、人は自由な生き物です。誰から何の指図も受けず、自由に生きたいのです。それは産み育ててくれた母親といえど、例外ではありません。

自分の人生を思いどおりにしようとするとき、それが昂じると、自分の人生で関わりのある人も思いどおりにしたくなります。

それが母娘の葛藤として現れているのです。

(2)母親の手口とどっちが悪い?

母親が娘の人生を思いどおりにするための武器が「期待」です。

過剰に干渉する母親の場合、期待に応えるという形で、あくまで娘が自主的に選んだ体裁を保ちつつ、その実は、他の選択を許さない強制となっています。

進学、就職、結婚など重大なことはもちろん、その他ささいな選択も、娘の人生である以上は、娘のものです。

もちろんそれを母親が奪うことはできません。

だから、過干渉で娘の自由を奪う行為は明らかに母親に非があります

(3)娘の要望

だけど、娘の方もまた勝手です。(それが悪いという意味ではありません)

過干渉はいやだけど、妹がそうであるように放置されるもいやなのです。

ここでもまた、娘は娘で、自分の思いどおりにしたいのです。

つまり、母親には、「自分が気にいるように、適度に自分の世話をしてほしい」のです。

まぁ勝手なんですが、この世に生まれたばかりで未熟な子供なんだから仕方がありません。

一人一人違うその要望に完璧に応えるのは、かなりたいへんなことです。

特に、核家族で夫は家におらず、母親一人で子供の面倒を見るのは過酷です。

生まれたばかりの子供は眠る間すらなく、休日もなく、24時間体制ですからね。

(4)子育ての過酷さ

自分の要望をしっかり見たしてもらった子供は、自分は価値のある人間、愛されるに値する人間であるという揺るがない自信を身につけます。

そうなると、親から自立して、自分の人生を自分で切り開き、自分で自分を満たしながら、主体的に生きていけます。

そのようにして育てられた人間でないと、自分を満たしつつ相手の気持ちに沿うという意味で、ちゃんと子供を育てることはできないでしょう。

だから、かつては生きる知恵として、大家族や共同体の中で子育てを分担していたんでしょうね。

それをたった一人で担うことは、人生の短くない一時期を相手に完全に捧げるぐらいの意味、重さがあると思います。

まして、自分が満たされた体験を持たない若い母親がそれをするのは限りなく困難と言えるでしょう。

(5)娘にとっての処方箋

母娘両方の立場がわかったところで、では娘としてはどうすればよいのでしょうか?

双方の「思いどおりにしたい」という思いがぶつかるとき、「領域」という考え方が意味を持ちます。

娘にとって、自分の人生をどう生きるかは、自分の領域です。人生の重大な選択、住む場所、時間の使い方といったすべてです。

だから、母親の支配から取り戻すのです。いくら母親から非難されたり、泣き落としできたとしても、そこに罪悪感を持つ必要はありません。

一方で、母親に自分を傷つけ、人生を狂わせたという自覚がなかったとしても、その点で母親を責めることも無意味です。

なぜなら、ある出来事をどう見るか、どう考えるかは、母親の内面の問題であり、母親の領域だからです。

ということは、母親を変えたいと思ったり、母親に謝ってほしいと思っても、思うのは勝手ですが、そうするかどうかは母親の問題なのです。

そこにこだわるのは賢明ではありません。

罪悪感なく、自分の人生を取り戻すことが、これからの人生を充実したものにし、自分の娘をはじめ後の世代に対して恩恵を与えるということになるのです。

4.まとめ

以上みたように、隠れアダルトチルドレン は、母娘関係という極めてパーソナルな領域の問題ですが、時代の流れや社会構造の変化などと無関係ではありませんでした。

とすると、個人的な怒りや罪悪感で悩むのもバカらしいことのように感じます。どちらもが時代や社会の被害者という側面がより浮き彫りになるからです。

本来互いが互いを思いやる母と娘が、葛藤を乗り越えて、本来の愛という関係性に戻っていけたらいいですね。

以上

母娘関係についてはよかったらこの記事も参考にしてください。

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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