悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

日本人が世界を導く役割を果たすために必要なこと

約12分
日本人が世界を導く役割を果たすために必要なこと

スピリチュアル界隈では、世界のなかで私たち日本人は特別な役割を担っていると、いろんな人が本やブログで言っています。

曰く、世界を善き方向に導くリーダー、アセンションの中心、意識レベルが高い、などなど。

それを聞くと、日本人として、少しうれしかったり誇りを感じたりするのではないでしょうか。私もそうです。

けれど、喜んでばかりもいられません。それは同時に、責任の重さも伴うからです。

果たして、現在の日本人は、その任に耐えることができる状態なのでしょうか。

先に結論を言えば、このままではむずかしいだろうというのが私の考えです。ただし、ただ悲観しているわけではなく、まだ希望は残されていると思います。

それを検証して、人類の命運を左右しかねない重大な役割を果たすために必要なことをまとめました。

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1. 浄化とばかりは言えない気候変動

今年の6月〜9月にかけて、地震、豪雨災害、酷暑などさまざまな災害や気象変動がわが国を襲いました。

このような場合、スピリチュアルの人がよく口にするのが浄化です。いわゆる、膿出し、デトックスというやつです。

集合意識の闇の部分をあぶり出し、光に変換するといった説明もなされます。

そう聞くと、闇が解消されてよかったよかったと思ってしまいがちなんですが、それには落とし穴があります。

それは、今、ちょっとやそっと浄化したぐらいでは追いつかないぐらいの状況に至っていることに蓋をしてしまうということです。

スピリチュアル特有のなんでもかんでもポジティブに解釈しようというバイアスが影響しているのかもしれません。

一連の現象について、最もフラットに表現するなら、集合意識の振動波(バイブレーション)の現象としての表れということです。

「そうなればそうなるということ」であり、見えない領域のエネルギーが物理次元に現象化したとも言えるでしょう。

そのプロセスでネガティブなエネルギーが放出されるので、たしかに浄化と言えなくもありません。

しかし、浄化されたから今後はよくなる保証がどこにもないことはちょっと考えればわかることです。

ネガティブな要素全てが浄化されれば当然そうでしょうが、その点について触れている人を知りません。

にもかかわらず、根拠なくこの先よくなると考えることは、進路を誤ることにつながります。

たとえば、登山において、まだしばらく悪天候が続く状況なのに、現実を見ようとせずただ楽観的に今日雨が降ったから明日は回復するだろうと予測するようなものです。

当然対応を誤るし、悪くすれば遭難という結果が待っているのではないでしょうか。

***

現在の事象の解釈としては、むしろ、私たちの意識状態を自己認識するためのアラート(警報)と受け止めることこそ妥当ではないかと私は思います。

今夏、39.5度を記録した時に京都に滞在していたんですが、本当に容赦ないといいますか、酷薄という言葉がぴったりな空気感でした。

辞書では、酷薄=むごく、思いやりがないさま、となっています。

私には、目の前のすべきことに忙殺されて他人に思いやりを向ける余裕をなくし、自分のことでいっぱいいっぱいになった日本人の心を映しているように感じました。

国連が発表した2018年の世界幸福度ランキングにおいて、「寛容さ」の項目で、日本は、なんと中国やロシアをも下回る低い水準となっています。

日本が特別な場所であるというのは私も異存はありません。

そのため、あまたの見えない存在から手厚く保護されてきたと思います。

しかし、日本人の意識のレベルがあまりに低下して閾値を超えてしまい、それが災害や異常気象の頻発に関係していると思っています。

2. 日本が世界の未来の鍵を握る?

そんなわけで、私はこのような気象変動は、一過性のものではなく、集合意識のバイブレーションが変わらない限り、繰り返し起きてくるものだと考えています。

特に、地震については、環太平洋の世界規模で地震活動が活発化しており、西日本に大きな被害が想定される南海トラフ地震以外にも警戒が必要です。

また、日本は世界に先例がない急速な高齢化、および、少子化による人口減少という問題も先行きに影を落としています。

国民皆保険という世界有数の優れたシステムも破綻が避けられないなか、これから世界が直面する問題に先頭に立って向き合っていかなければなりません。

そういう意味では、日本が今直面している問題をうまく抜けていくことができたなら、よき先例として世界を良い方向に導く、人類の希望となり得るでしょう。

反対に、日本ほど条件が整った国が失敗したとなると、世界の行く末は明るくないかもしれません。

そういう意味ではやはり日本は特別な存在として選ばれた国であり、大きな役割を担っているのです。

でも、冒頭述べたように、それは手放しで喜べるようなことでは決してありません。

***

人類は地球の生命をよき方向に導くという本来の役割を忘れて、資源を浪費し、環境を破壊し、他の生命をないがしろにして、自分たちの欲望を満たすことに耽った結果、今や崖っぷちに追い込まれています。

気づかない人、そうじゃないという人もいますが、全員が分かった時にはもはや手遅れです。今ならまだできることがあります。

人類がこれからも地球上で生存を許されるかどうかは私たち日本人次第であり、次章で述べるように、私たちが変わらない限りよい結果を望むのはもはやむずかしいのです。

3. 日本人がこのままでは役目を果たせないと考える理由

日本は東日本大震災後の対応で世界を驚かせたように、世界の他の国々から見れば随分マシなことはたしかでしょう。

しかし、それは祖先から受け継いだ遺産の最後の輝きであり、もはや風前の灯かもしれないのです。

その理由を以下で見ていきましょう。

(1) 大東亜戦争で日本を滅亡寸前まで追い詰めた国民的体質

そもそも勝てるはずのない無謀な戦争に突入し、日本中の都市を焼け野原にして、亡国の瀬戸際まで追い込まれた原因、それは国民的体質とでもいうべき日本人の気質です。

そして、まさにその気質のゆえにきちんとした反省がなされず、現在に至るまで続いています。

(ⅰ) 自由がなく本音が語れない

大東亜戦争前も、知識層をはじめとして、米国と戦争してはいけないとわかっていた人は少なからずいました。

しかし、冷静な議論がなされることなく、そのような主張をすれば敗北主義、非国民と非難され袋叩きに遭ったのです。

しごく真っ当な正論をいうことが憚られ、最後まで戦争に反対を唱えた海軍の首脳さえも、命を狙われる始末でした。

天皇陛下でさえ、戦後、自分の力をもってしても、その流れを止め得なかったと語っています。

***

最近世間を賑わす、相撲、アメフト、レスリング、ボクシング、体操など、スポーツ団体の不祥事にも同じような構図が見られます。

一般社会から見ると異常に映る組織内の論理がまかり通り、忖度という言葉が象徴するように、どうみてもおかしいことに異を唱えることは許されません。

異論を口にしたものは排除され、相互監視の仕組みが生まれてその仕組みを温存し、問題が拡大していきました。

(ⅱ) 都合の悪いことを見ようとしない

物量で圧倒的な不利にもかかわらず、戦争に突っぱしった理由の一つに、相手を弱兵と決めつけたことがあります。

精神主義で日本軍の精鋭が出て行けば、向かうところ敵なしであり相手は逃げるという無邪気な楽観主義が軍を支配し、国中に広がっていたのです。

その根拠は、例えば日露戦争当時のロシア軍のパフォーマンスでした。いわば、30年も前のデータです。

その後近代化された軍隊となったソ連軍を、軍のソ連通と目される人からしてまったく知ろうともしなかったのです。

***

今日それは、今は崩壊した原発安全神話に見ることができます。福島での事故が起きるまで、絶対に安全だからと事故を想定した訓練をしていませんでした。

また、事故はあってはならないから、重大事故につながりかねない事件があっても、あってはならないことだから隠蔽するという理屈がまかり通っていました。

20〜30年も前から警鐘が鳴らされていた少子高齢化の深刻化が、ここまで深刻になったのも似ています。

目先の出来事に忙殺されて有効な対策を打てないまま、生活サービスの維持はもちろん、国防にまで影響するような、取り返しのつかないところまで追い込まれてしまいました。

(ⅲ) 自分が正しいと思い込み共感力がない

大東亜共栄圏という理想を掲げてはいましたが、実態はアジアの国々を見下し、占領した先の民衆に対して、ロクロクその理念について説明しようともしませんでした。

というか、お題目だけで中身がなかったので、説明しようにもできなかったのだと思います。

また、兵站を考慮しない浅はかな戦線拡大は、結果として、現地民から略奪などの犯罪行為の蔓延につながりました。

このため、植民地支配の宗主国からの解放を標榜していたはずなのに、フィリピンなどでは民衆が米国の見方をする始末となったのです。

***

自分が正しい、相手の立場を思いやろうとしない姿勢は、今の不寛容社会、ダメ出し社会へと引き継がれています。

ネットでの炎上に加担するような人は、「世の中は根本的に間違っている」「相手の意見が間違っているなら、どこまでも主張して相手を言い負かしたい」という考えを持っているそうです。

(ⅳ) 非主体的、責任回避

これは、戦争に至る過程での、国民の付和雷同的な戦争翼賛に顕著に表れています。

大本営による情報操作、マスコミの報道自主規制などの要因はあったにせよ、むしろ、日清日露の勝利の美酒が忘れられず、流されるままに身を委ねたように感じます。

また、作戦失敗の責任を誰も取らないまま、愚かな作戦が延々と継続されました。

あまり知られていませんが、台湾からフィリピンに至るバシー海峡では、制海権がないにも関わらず、兵士を満載したオンボロ輸送船を次から次へと送り出しました。

当然ながら、ことごとく敵潜水艦の魚雷の餌食となり、数十万人が海に沈みました。

***

総無責任体制と言われる誰も責任を取ろうとしない体質は、日本のお家芸であり、原発事故の処理でも遺憾なく発揮されました。

際限なく膨らむ医療費の問題も、なぜか国民が自主的に自分の健康に責任を持とうという話にはなりません。常に医療の供給サイドの議論です。

自分の健康なのに、運動や節制なく過ごし、それで病気になったら医者任せでは、それは健康保険制度も破綻しますよ。

延々と述べてきましたが、何が言いたいかというと、あれだけ痛い思いをして、それゆえ変われる大きなチャンスであったにもかかわらず、日本人は大して学ばなかったということです。

もっとも、根本の体質は変わってないにせよ、戦争当時よりは今の方がマシという反論があるかもしれません。

でも、残念ながら、さらに悪くなっているものがあります。次にその話をしましょう。

(2) 動物レベルでの生き方

以前記事に書きましたが、仕事をして食べて子孫を残すだけでは、何ら動物と変わらない「動物レベル」の生き方です。

人として魂を磨いて心を成長させることこそ、人間だけができる「人間レベル」の生き方です。

ですが、今の時代、お天道様が見ている、清く正しく生きよう、公のために私を捧げるといった価値観は流行りません。

バレなければいい、自分さえよければ、他人を踏みつけてもお構いなしといったエゴ的な考え方が全盛です。

自然の理に沿って生きている動物と異なり、私たちは現代文明の中で暮らしているだけで地球環境に大きな負荷をかけています。

持続可能性がないという意味で、下りエスカレーターに乗っているようなものです。

それを超える心の成長があってはじめて、地球規模でみてプラスの影響を与えることができると言えます。

ですが、あきらかにそうではなく、上の二つを考え合わせると、私たちの状態は、70年前と比べて明らかに悪化していると言えると思います。

4. 日本人の性質は生かすも殺すも○○次第

日本の国民的体質について、その悪影響を延々と書き連ねてきましたが、実はその根底にあるものは、必ずしも悪ではありません。

驚くかもしれませんが、その根底にあるもののおかげで、日本が世界の中で今日の重要な地位を占めるに至ったと言ってもよいほどです。

その根底にあるものとは次の3つと考えます。

  1. 素直・無垢
  2. 受け入れる
  3. 委ねる

一番目は素直であり、無垢です。よくも悪くも信じやすく、染まりやすいと言えるでしょう。

ひねくれていないので、ストレートに外部の影響を受けることになります。

二番目は、受け入れるです。日本人は有史以来、海外の優れた文化を受け入れ、自分たちなりに咀嚼して、新しいものを生み出してきました。

この限りない受容性なくしては、日本文化の発展など望むべくもなかったでしょう。

けれど、この性質が悪い方に発揮されると、何でも仕方ないで済ませてしまうことにもなりかねません。

三番目は、委ねるです。わかりにくければ、個を捨てられること、大いなるものに委ねることと言っても良いでしょうか。

幼い頃から個として自立して生きることを叩き込まれた西洋的価値観だとそうはいきません。

ただし、己をなくして、長いものに巻かれるリスクがあるのも事実です。

鬼畜米英と人間扱いしていなかった敵に対して、戦後、社会の指導層から一般国民に至るまでこぞっておもねってしまったことを忘れてはなりません。

***

それでは、日本人の3つの基本的な性質を良い方に活かすには何が必要でしょうか。

いえ、むしろ、あるものをなくしたことが、日本が漂流し、堕落してしまった原因です。

生き方の軸、人としての芯をなくしたことが問題なのです。

それこそが、先ほど触れた「人間レベル」の生き方です。

人として内面の磨いて、魂を成長させることこそ、縄文の昔から受け継がれた建国の理念であり、日本の原点です。

近代に入りこの原点を急速に見失ったことが、さまざまな問題の発端ではなかったかと考えます。

5. まとめ〜悟りを目指せば未来は変わる〜

この内的成長こそ、このサイトでお伝えしている悟りの道です。

日本建国の理念に立ち返り、内的成長を遂げる人が増えれば、日本人の精神性は復活し、潜在意識の波動は上昇します。

私たちはともすれば自分の力を過小評価し、自分一人の力では何も変えられないと思い込んできたかもしれません。

ですが、それは間違っていると思います。

一人一人が自分の持ち場で役割を果たすことによって、日本の復興、そして、問題の解決と世界への貢献は十分に可能です。

幸いなことに私たちにはまだやれることがあります。

後々悔やんだり、子孫に顔向けできないことがないよう、しっかり自分の責任を全うしたいものです。

以上

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
幼い頃から「人は何のために生きるのか」「人はどこからきてどこへ行くのか」「ここは自分がいる場所ではない」などと考える子供だった。

ところが、昭和の成功の常識に染まり、京大法学部からメガバンクに。バブル崩壊からITバブル、リーマンショックなど日本経済の栄枯盛衰を経験。

忙しい毎日を送りつつも、目に見えるモノ(物質、金銭、地位、肩書き)では、決して心が満たされることはないことに気づく。

世間的なうたかたの価値に見切りをつけ、人間が生きることの本質的価値を探究して2014年に銀行を退職、起業する。

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