悟りの窓

魂とつながる日本固有の自己成長の道

悟りの本質

悟りの本質

1. 悟りとは究極の魂の目的

悟りのみちは幸せへの最短ルートであり、誰もが幸せになるための究極の方法です。
人が何に幸せを感じるかは千差万別。
だから、幸せになる方法も人それぞれ。

本当にそうでしょうか?
もしそうなら、複雑化し過去のパターンが通用しない現代で、独力で幸せになる方法を見つけるのは、至難のワザです。
もしかしたら生きているうちに見つけるのは不可能かもしれません。

けれど、心配はいりません。
人が幸せを感じる対象が様々なのは、一種の個性です。
その先に、人が人である限り必ず共通する何かがあります。

その何かとは魂の目的です。
そして、魂の目的とは、何度も生まれ変わり、体験を重ねて魂自身が成長することです。

ですから、すべての人に共通する幸せとは、魂が成長する道を歩くことであり、そこからブレないほど幸せを実感できます。
魂の成長は、一般的な言葉では、心の成長、自己成長ですが、その最終到達点は自らが神であったと知るところに及びます。

だとすれば、自己成長という言葉ではカバーしきれないし、ふさわしくないでしょう。
自己成長を超えた魂の目的としての究極の自己成長を含め悟りと呼ぶにふさわしいものです。

なお、悟りは宗教と不可分という誤解がありますが、二つは似て非なるものです。
多くの宗教は自分の外側に神を置いて崇めます。
一方、悟りの道は自らの内に神を見出します。

2. 問題が自分より小さくなる

悟りのみちは、いわば人生全体を俯瞰するようなものです。
一人の人間にとっては圧倒されそうな問題や悩みも、高みからみれば、どうってことありません。

都会から離れた高原や離島などで降るような星空を見上げ、宇宙の果てに思いを馳せた経験ってないでしょうか。
そんな時、日頃の悩みがちっぽけなに思えなかったでしょうか?

よくあるのが、悟った人には一切問題となるような出来事は起きないという誤解です。
それは、いつか人生からあらゆる問題が消え去り、そうしたら幸せになれるのにというユートピア幻想です。

でも、未来永劫、宇宙の終末まで見渡しても、絶対にそんなことは起こりえません。
出来事は出来事。本来中立なので、一見ポジティブなことも、一見ネガティブなことも同じように起きます。
それが物理次元における宇宙の法則です。

ただ、悟った人、心を成長させた人には、問題が小さく見える、それだけなのです。
生身の人間にとっては仰ぎ見るようなヒマラヤ山脈だって、宇宙から見ればかろうじて判るぐらいの地球表面の皺です。

しかし、そうは言ってもやっぱり目の前の問題が気になることってありますよね。
明日の会社での会議、職場の人間関係、子供の教育、月末の支払いと、人生には片付けないといけない問題が山積み。。
気になって仕方がない。

そんな方は、先に次の「お悩み対処法」を読んでみてください。
それから、ここへ戻ってきてください。

3. 悟りは再現可能な科学

悟りは、あらゆる人にとって最高に価値があり、その上現実的な問題も気にならなくしてくれます。
では、具体的に、悟りのみちを歩くにはどうすればよいのでしょうか?

宗教で悟りを目指すといえば、修行が必須でしょう。
瞑想したり、滝に打たれたり、薄衣で野山を駆け巡ったり。

人が持つ自然な欲求を抑え、魂に向かっていく手法です。
俗世間を捨てる出家が常套手段です。

ここまでやっているにもかかわらず、悟りは漠然としたままです。
どういう状態が悟りなのか、何をすればいいのか曖昧です。

はっきりしているのは、欲を捨てなさいということ、ひたすら修行に励めということぐらいでしょうか。
これでは現代にそぐわないのは明らかですね。

今という時代、もっといい方法があります。
悟りがどういう状態か、かなり細かくイメージできます。
具体的な取り組みも、理に叶っています。
感覚重視ですが、思考を味方につけて進める感じです。

また、闇雲にとにかくやりなさいではないので、進んでいる実感も持ちやすいです。
その上、自然の欲求を捨てろとは言いません。
出家は必要なく、世間にいて取り組めます。
体を痛める修行も不要です。

たとえれば、昔ながらの修行が山野を闇雲に駆け回り、うまく行けば頂上に行き当たるようなものとします。
対して、Fillzで提唱する手法は地図を持って登山するようなものです。

一歩一歩地道に登ることは必要ですが、少しずつでも頂上に近づき、いつかはたどり着きます。
だから、悟りは再現可能であり、科学できる対象なのです。

悟りに近づくための科学であるFillzセッションの特色について、別項にまとめたのでご覧下さい。
→ Fillzセッション3つの特色

4. まとめ

以上のように、Fillzが提唱する悟りの道は、人生の問題がなくなるという次元を超えていくものです。
人間誰もが求める本当の幸せを、再現可能な悟りという形で目指します。

外側の何かを崇めて自分の力を明け渡すのではなく、自分に価値を見出し、自分を愛することを通じて。
何一つ確実なものがないという時代だからこそ、自分という最も確実で価値あるものを探求する生き方を提唱していきます。