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縄文時代は高い精神性を誇る日本の原点

約 8 分
縄文時代は高い精神性を誇る日本の原点

令和の時代、人としてどう生きるかを考えるに当たって、日本の精神文化について考えていこうと思っています。

それに先って前提として、縄文時代こそ人々の精神が最も高い水準にあったと推測されます。

弥生時代以降の約3千年を通して、人々の精神レベルは上がったのか下がったのか、見方が分かれるところでしょう

しかし、縄文の人々に比べるなら、いずれの時代の人々も精神性においてとても敵わなかったと考えています。その理由を挙げてみます。

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1. 縄文の巨石遺跡の謎


縄文時代は旧石器時代と呼ばれ、石器を使い竪穴式住居に暮らす原始的な生活をしていたと考えられています。=

しかし、一概にそうとも言えないことを示すのが、1万2千〜1万3千年ほど前と推定される縄文前期の巨石遺跡の存在です。
巨石に刻まれた星の位置から年代を測定できるのです。

瑞牆山(山梨県)の大ヤスリ岩、金峰山(山梨・長野県)の五丈岩、野崎島(長崎県五島列島)の王位石、弥山(広島県)の巨石群など、日本の各地に残された遺跡とみられる巨石群がそれです。

古代の人々は、宇宙にある神を地に降ろす、すなわち、天と地をつなぐことをとても重要視していました。
こうした巨石は、宇宙の神を降ろす依り代であり、神籬(ひもろぎ)と呼ばれて祀られていたようです。

巨石のなかには、周辺の地層の岩石の種類と相違しており、宇宙から落ちてきた隕石でもなく、どうしてその場所に岩石が存在するのか不明なものがあります。

誰かが運んだと考えるしかないのですが、現代の技術をもってしても運搬困難な巨大な岩石を、険しい山の頂上付近や離島などにどうやって運んだのでしょうか。

たとえば、反重力のような力を使ったのでしょうか。現代にもない技術ですから、荒唐無稽と思うかもしれません。

2. 人間を超えて平和だった縄文人


しかし、そうとばかりも言えないのは、縄文人がそれ以降の人間とはまったく異なった人たちだったからです。

縄文時代の遺跡からは戦乱による遺骸が全く発見されず、1万年以上もの長きにわたり平和が続いたとされています。

自虐を込めて言えば、人間らしかぬ非常に稀なことです。

人類の歴史は戦乱の歴史であり、同じ種で争い殺し合うことは人類の本能という見方さえあります。

縄文時代に争いがなかったのは、狩猟採集生活で貧しく、富を蓄えられなかったから争いがなかったというのが、これまでの理由づけでした。

しかし、ヨーロッパでは狩猟採集生活の時代の争いの痕跡が見つかっているといいます。

考えてみれば、狩猟採集生活であったとしても、獲物や収穫の多い土地を巡る争いがあっても全然不思議ではありません。

最近の研究によれば、縄文時代はまとまった人数が定住生活を営む案外豊かな社会であったことがわかってきました。

遠距離間での交易が行われていたこともわかっています。

際限のない欲望を前提とするなら、貧しければ貧しいことが、豊かならば豊かなことが争いの理由になります。

平和であるのは、前提に満足する心があればこそです。

禅語に「吾唯足知(われただ足るを知る)」という言葉があるとおり、満ち足りた心は高い精神性の産物です。

そう考えると縄文時代1万年の平和というのは、人々の精神性がその後の人間のレベルをはるかに超えた高い境地にあったからとは考えられないでしょうか。

3. 弥生時代以降なぜ人々は争うようになった?


それでは、平和だった縄文時代から、弥生時代以降、どうして争い、殺し合うようになったのでしょうか。

人々の精神性が急に低下するなにかがあったのでしょうか?

たしかにそこに住む人の精神性が低下したからこそ、争いが起きるようになったのですが、縄文人の子孫たちがそうなったわけではないようです。

日本列島に住む人々が入れ替わった可能性が大きいと考えられるのです。

言い換えると、縄文人は私たち現代日本人にとって、直接の祖先ではないということです。

最新のDNAの研究によると、現代の日本人はアジア大陸の人々と近い一方、縄文人とは遺伝子的に異なることがわかってきました。
今の日本人は、縄文人の遺伝子を少し(12%程度)しか受け継いでいないのです。

つまり、こういうことです。

大陸からたくさんの人間が渡ってきて、平和に暮らす縄文人を追い出してしまったと考えられるのです。

その時期は弥生時代に入る少し前と考えられていて、中国では春秋戦国時代でした。

戦乱の果てに敗れた側は根絶やしにされることも少なくありませんでしたから、決死の覚悟で危険な海を渡って敵から逃れたのでしょう。

それを裏付ける証拠もあります。

北のアイヌと、南の沖縄の人々が縄文人のDNAを多く受け継いでいることがわかっています。

日本全土にいた縄文人が日本の北と南の端に追い詰められ、そこで生き延びた様子が伺えます。

4. 縄文人はどこから来たのか?

ここで一つの疑問が湧きます。

現代人より格段に高い精神性を持った縄文人は、一体どこからきたのでしょうか。

人類の発祥の地アフリカから、縄文人がどのルートで日本列島にたどり着いたのか、実はよくわかっていません。

北方、もしくは、南の島々経由と推測されていますが、それを積極的に裏付ける証拠はありません。

大陸からじゃないとしたら、1万4千年より前にまさか太平洋を渡っては移動して来れないだろうということが根拠です。

 

でも、約1万2千年前まで、太平洋の真ん中には“あるもの”があったとする説があります。

あるものとは、ムーと呼ばれる幻の大陸です。

現代を凌ぐ超高度な文明が繁栄していたが、大西洋に存在したアトランティスとの争いの末、海に沈んだという伝説の大陸です。

 

縄文人がムーの末裔であるなら、高い精神性を備えていたことも、反重力のような未知の力を保持していたことも合点がいきます。

縄文人の能力も、目に見えないエネルギーを扱える霊的能力や超能力のようなもので、高い精神的境地を必要するものだったのかもしれません。

映画「スターウォーズ」では、フォースという生命の根源に関わる力を使って重い物体を宙に浮かせるシーンが出てきますが、そんな感じでしょうか。

縄文の遺跡から、技術的に高度な力を制御するような機械文明の痕跡が発見されないのも、そういう理由かもしれません。

5. 日本の国土が宿す力


このように高い精神性を持っていた縄文人ですが、残念ながら今の日本人はそのDNAをわずかしか受け継いでいません。

むしろ、日本列島に後からやってきて精神性を下げてしまった側であり、残念な気持ちがします。

しかし、それでも、東日本大震災の混乱の中で他人を思いやり調和を尊ぶあり方が世界を驚かせたように、日本の精神性は突出しています。

そうなったのには理由があり、その理由とは私たちが暮らす日本の国土に他ならないと考えます。

 

神話によると、天地開闢ののち、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)の二柱の神がおのころ島に下られて、まず生み出されたのが、大八洲(おおやしま)国、すなわち、日本の国土です。

そして、幾柱の神々を生み出されたあと、生まれ出られたのが天照大神(あまてらすおおみかみ)です。

戦後日本を導いた大碩学安岡正篤翁が、大八洲と天照大神は御兄弟であると書かれていました。

また、人間に当てはめれば、まず肉体が生じてそのうえに精神が宿るようなものだとも。

いうまでもなく天照大神は皇室のご先祖であり、皇室は国民にとって父母のごとき存在です。

だとすれば、日本国土に住む人々は、心を磨いて精神性を高め、少しでも神に近づくことが本来の務めと言えます。

古神道では、魂は神の御霊(みたま、ひ)を賜ったものだから「たましひ」であり、穢れを払うことで神に還るとされます。

日本国土は日々の生活や年中行事をとおして、精神性を高めるための行場や道場のような場所なのです。

ただし、それは決して禁欲的で重苦しいものではなく、生成発展の力を信じ明るさや笑いを大切にするものであったことを付け加えておきます。

実際に、大陸から来た好戦的で荒々しい人々も、日本の国土で暮らすうちに心が穏やかになったようです。

縄文人ともある程度は融合していき、彼らの精神性に触れたり古神道を実践したりすることで、和の心を養うことができたのでしょう。

日本においては、古代の中国で頻繁に見られる大量虐殺や粛清といった非道な振る舞いはほとんど聞かれません。

戦国時代のように一定期間にわたって全国に戦乱が広がったような時代も、むしろ例外といえるものです。

このように日本の国土は、単なる物質を超えて精神的霊的に崇高な意味を持ち、その上に住まう者の心、精神性を高めずにはおかないようです。

6. まとめ

このように、縄文時代の日本は、文明未開の原始時代ではなく、古代に滅んだ高度な文明の末裔であり、高い精神性を保持していたと考えられます。

それは、1万年以上も続いた今の人類から見れば奇跡に等しい平和な期間、遺跡に残る巨石を運搬した痕跡などから推測されるものです。

残念ながら私たち現代の日本人は、その精神性のすべてを受け継いではいませんが、神の身体ともいえる日本の国土を受け継いでいます。

その幸運に感謝しつつ、同時に、日本の国土に住まう者としての果たすべき責務を負っているように思います。

以上

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
座右の銘は「自分にとっての自分の価値は自分が決める」
自分だけの軸を己の中心に据え、自分を信じて生きることのすがすがしさを伝えています。
普段から物静かですが、悟りや自己成長のこととなると少しおしゃべりになります^^
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