悟りの窓

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悟りに関するよくある5つの誤解とは

約 8 分

悟りについて語るとき、悟りとはなにかを明らかにすることは必須です。

「悟りとはいったい何か?」

けれど、この問い自体がビッグクエスチョンかもしれません。

現代において、悟りに到達するのがむずしいと考えられているのは、悟りの定義が曖昧なものであることも大きな原因の一つと考えられます。

目指しているものの正体がはっきりとわかれば、そこに至ることは格段にやさしくなります。

その一方で、悟りに関して、見当はずれのことがまことしやかに語られ、それがまた一層混乱に拍車をかけている面も否めません。

そこで、この記事では、悟りに関する5つの誤解を取り上げ、それらを検証するなかで、悟りとは何かについて説明します。

1.悟りに関する5つの誤解

それでは、悟りに関して、一般的に、あるいは、スピリチュアルな人の間で、よく見られる誤解とはなんでしょうか。

誤解を誤解と正しく捉えることで、悟りが雲の上の特別な人のものではなく、自分に関係があり、心の成長によって豊かな人生を送る上で極めて有力な指針になり得ることを感じられると思います。

悟りに関するよくある誤解のうち、代表的なものとして、次の5つを挙げてみました。

  1. 普通の人には縁がないもの
  2.  厳しい修行(出家)が必要なもの
  3. 覚醒(一瞥)体験=悟り
  4. 「私」が悟ることはできない
  5. 悟ると肉体が維持できない

いかがでしょう。この記事をお読みいただいている方なら、どこかで聞かれたことがあるかもしれません。

たしかに、いろんな人が言っていることでもあるので、一面の真実は含まれているようです。

しかし、現代日本で暮らすわたしたちが、よりよく生きるという意味で役に立たなければ、悟りについて考える意味はないというのが私の考えです。

悟りが、自分を高尚に見せて人を惑わせるようなアクセサリーであっては仕方ありません。

いかに今生きている私たちの人生をよくできるか、その観点から、1つずつ見ていこうと思います。

2.悟りは普通の人には縁がない?

1番目は、悟りは普通の人には縁がないという誤解について。

悟りは、ブッダ、イエスキリストをはじめ、マスターと言われるような特別な人だけのものであり、凡人の自分には一生縁がないというものですね。

実は私もほんの2、3年前までそう思っていました。

しかし、これは2番目の誤解とも関係しますが、 これまでは悟りに至る正しい方法が明らかでなかったことから、めったに悟る人がいませんでした。

悟りが宗教という範疇で語られてきたことからすれば、宗教がそれに答えられなかったということかもしれません。

悟りへの到達やそれによる人々の救済を目的にしながら、その道筋をきちんと示せなかったのですから。

むしろ、さまざまに制約のある各宗教の考え方の弊害が大きくなったため、ニューエイジなどスピリチュアルな考え方や教えが出てきたわけです。

いずれにしても、悟りに至るのは極めてむずかしいという認識が広がった結果、このような誤解が生まれたということです。

そして、このような誤解が、多くの普通の人が悟りを目指す生き方をすることを阻んでいるとしたら、実にもったいなく、残念なことだと思うのです。

3.悟りには厳しい修行が必要?

2番目は、悟るためには、厳しい修行が必要という誤解です。

徹底した修行を行うには、仕事をして家庭を持ちながらではむずかしく、そのために宗教では出家という身の処し方ができました。

一般に、悟りというと、出家して厳しい修行に明け暮れるというイメージがありますよね。

知っている人は知っていますが、お釈迦は6年にわたる生命を限界ギリギリまで削り、死の淵を覗くような苦行に見切りをつけて悟りました。

そのとき、修行仲間は彼は堕落したと軽蔑したと言いますけれど、修行といえば厳しく苦しくつらいほどより良い、といったイメージを持っている人も存在します。

普通の人は、そういうのは勘弁ということで、ますます自分には関係ないと思ってしまいます。

たしかに修行も悟りに至るルートの一つではありますが、 そうでない方法も存在しているし、今の時代はそちらがより合理的だと思います。

違いは、欲をどう扱うかというもので、今ほどほどほどに欲を満たしやすい時代に、生木を裂くような方法で無理やり欲を捨てるような方法はそぐわないということです。

4.悟りとは覚醒体験!?

3番目の誤解は、覚醒体験=悟りというもの。

ふとした拍子で、すべてが一つであること、宇宙には自分一人しかいないことなど、いわゆるワンネス体験をする人たちがいます。

世間ではそれをもって悟ったとする解釈もあるようですが、これも誤解の一つです。

覚醒体験を一瞥体験とも言いますが、それは悟りの世界を一瞥したにすぎません。

大きなヒントや標べにはなりますが、実際には、地道な取り組みを通じて、悟った状態がデフォルト(常の居場所)になることが本来の悟りです。

例えていうと、登山で森の中を登っていると、ふと樹々が開けて眺望がよくなることがあります。

吹き渡る風が汗ばんだ体に心地よく、遠くの山々まで見渡せる眺めの良さに、それまでの疲れも吹っ飛ぶような瞬間です。

でも、明らかに頂上じゃないですよね。

上りの道は続いていくし、また、樹々の中を歩くことになります。

意識の状態が、なんらかのきっかけで高いレベルに同調しただけなので、執着すると先に進むうえではかえって妨げになり得ます。

そういう意味で覚醒体験は訪れる人には訪れるし、そうでない人には訪れない。

何事も偶然はなく、必要なことが起きているだけです。

だから、悟りは求めても、覚醒体験は求める必要はないのです。

5.「私」は悟れない!?

誤解の4番目は、「私」は悟れないというもの。

これは他の誤解とは違って、本質的には真実と言えるでしょう。

ただ、こだわりすぎるとかえって悟りから外れてしまうことになります。

この「私」というのは、普段、「自分と思っている私」のことです。

たしかに、小我と言われるこの「私」を自分と思っているかぎり、悟りに達することはありません。

悟りには、「私」も「私以外」のものもなく、すべてが一つであることを感得するという面がありますので。

しかし、悟ったからといって、私が消滅するわけではありません。悟った後のイエスやブッダだって、私と言っていたはずです。

個としての自分も、一なるものとしての「存在」も、どちらも本当ということです。

悟っている人は、自分という意識が広がって、個としての自分も全体としての自分も必要に応じて自在に扱えるのです。

頭の理解で、すべては一つなのだからと、理屈をこねてみたところで、悟りに近づくのは難しいと言えます。

6.悟ると肉体が消えてしまう!?

最後、5番目の誤解は、悟ると肉体が維持できない、消えてなくなってしまうというもの。

これも悟りの段階にある人の選択する力を甘く見ています。

自然に消滅するほど悟った人の意識の力は弱くないです。

ずっと先にそういう段階もあることはあるようですが、少なくとも、ブッダやイエスが達した段階の悟りではそういうことにはなりません。

そもそも広大な宇宙で地球にしか知的生命体がいないわけもないし、地球の人類がそのなかで最も精神性が高い存在かというと、そんなわけがないと思うのです。

だって、21世紀になっても、未だに欲と欲のぶつかり合いで、殺しあってるわけですよ。

ブッダやイエスは地球の中では突出していても、ベースがベースですから。

小学校の神童と、大学の首席とは比較にならないのと同じです。

いずれにしても、私たちが一生で行き着けるような悟りの段階で、消えてなくなることはないので安心してください。

7.再び悟りとは?

このような誤解を解いていくと、いわば等身大の悟りの姿が浮かび上がります。

それは自分が消えるような超常的な現象でもなく(⑤)、悟っても私というものも相変わらず存在する(④)ものであるし、特別な体験に価値があるものでもなく(③)、厳しい修行が必須というわけでもなく(②)、普通の人にこそ必要なもの(①)ということです。

必要以上に悟りをすごいものに祭り上げるのは、本当にどうかと思います。

むしろ、日本という国はそこに暮らす人が、生きていく中で自分を高め、悟りの道を歩いていけるようにと建国された国なんです。

単に人格や精神性を高めるというだけでは不十分です。

人にやさしくしましょうとか、まず与えましょうとか、感謝しましょうなどといった生活の指針のようなものでは、あまりにも漠然としすぎます。もちろんどれも大事なことではありますが。

悟りはやはり特別な境地です。

そして、すべての人が目指すべきものです。

多くの人にとって、悟りについて考えてみることが、ちゃんと死と向き合い、裏返せばちゃんと生きるきっかけとなるからです。

8.まとめ

悟りについてよくある誤解を説明し、悟りについて考えることの価値について説明してきました。

おぼろげながらでも、悟りがどんなものか感じられたらよいのですが。

悟りについては、このサイトの他の記事やコンテンツでも説明しているので、よかったら読んでみてください。

悟りの本質

悟りの境地に関する見解を整理

以上

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この記事を書いた人

祇場 駿矢(しば しゅんや)
座右の銘は「自分にとっての自分の価値は自分が決める」
自分だけの軸を己の中心に据え、自分を信じて生きることのすがすがしさを伝えています。
普段から物静かですが、悟りや自己成長のこととなると少しおしゃべりになります^^
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