覚醒と覚醒体験は似て非なるもの

こんにちは。祇場駿矢です。

覚醒体験、神秘体験、ワンネス体験、色々な呼び名がありますが、
覚醒体験と覚醒は別だと思っています。

一部スピリチュアル系の間ではもてはやされているらしい?
(身近にそういう人がいないのでわからん)ですが、
私は今はわざわざ覚醒体験を欲しいとは思いません。

心の構成図

心の構成図

覚醒体験を昨日の心の構成図で説明すると、こうです。
覚醒体験とは、自意識が何かの拍子に心を構成する本質的自己を通じて、その向こうにある普遍意識とコネクトしてしまうアクシデント的なものだと考えます。

その体験が本物なら(幻覚や低級霊のしわざでなく)、たしかにそれは本当に覚醒した人と同じ体験です。しかし、一時的であるというところが大きな違いです。

一時的なものである覚醒体験を、常に覚醒している状態にしていくには気の長い取組みが必要です。それは一生をかけて歩き通す喜びへの道です。

たとえていうなら、覚醒の取組みとは、四角い部屋を左下から右上に向かって雑巾掛けするようなものです。
通常は左から右へ、右から左へと一段ずつ上がってお掃除します。

一方、覚醒体験は、斜めに部屋を横切り、一気に右上の隅に向かって
雑巾をかけるようなものです。右上まで素早く到達できますが、後から
戻ってし残したところをお掃除する必要があるのです。

覚醒体験はたまたま遭遇すれば幸運かもしれません。これから行きたい
場所を垣間見れるのですから。しかし、そればかりを追い求めてしまい
現実がおろそかになるリスクを孕んでいる点で、諸刃の剣でもあります。

そうなると悲劇的です。体験から醒めれば待っている相変わらずの現実に
うんざりし、現実を否定する以上、覚醒とは真逆の方向に向き続けるわけ
です。

昨日も書いたように、覚醒とは、ある一定の状態ではなく道のことです。
よけいなものを取り除いて、本質的自己とのつながりを強めつつ、地道に
取り組んでいくことが、「最高の自分」へと向かう楽しみではないかと
思います。

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