覚醒には知性も必要なワケ

祇場駿矢です。こちらでは、昨日の台風一過と打って変わり、朝からどんより曇り空です。気持ちのよい青空はもちろん好きですが、今朝のけだるさには曇り空もぴったりくる感じです。

さて、覚醒、さとりというと、感覚的、右脳的な特性を伸ばすイメージが強いですが、実は、左脳的な論理思考や知性も非常に重要です。

それはなぜかと言いますと、自分という意識による思考の部分が選択を担っているから、と考えています。現代社会ではことにそうです。

例えば、江戸時代だったら、住むところ、職業、結婚相手などの人生で大事なことは、生まれたときにあらかた決まっていたり、親や環境によって決められたりしました。一日のなかで会う人、行く場所、やることも、今と比べたらほとんど変わり映えしなかったでしょう。

ところが、現代は幸か不幸か、やる気になればほとんどのことが自由にできてしまいます。無限とも言える選択肢の中から、選択しています。もちろん、主体的に選択しないで流されるままに生きることもできますが、選択できる環境が与えられているということは、それもまた選択の一つの結果です。

結局のところ、人生で選択しないことは不可能とさえいえます。

そして、人生には、日々、膨大な数の選択が存在します。朝何時に起きるかから始まり、朝食を食べるかどうか、会社に行くかどうか、どの道を通るか、電車の何両目に乗るか、、、夜寝るまで、ささいなことから比較的重要なことまで、それこそ無限ともいえる選択の集合体が、すなわち人生です。

ところで、選択は何によって行われるのでしょうか。誰しも、自分の価値観に基づいた物差し、軸のようなものを持っています。これに、自分とはどういう人間であるかという立ち位置が加わります。そして、好き、きらい、メリット、デメリットなどを判断し、選択しています。

この選択を適正に行うことは、実は容易ではありません。何をもって適正とするのかによりますが、覚醒という観点からは、心の最深部である本質的自己、すなわち、魂の目指すところに従うということになるでしょう。

魂にしたがって選択するためには、魂からの情報を正確にキャッチしなければなりません。また、選択に付随する多くの情報を的確に処理し、最終的に判断することが求められます。この情報の処理において、知性が必須なのです。

選択を 直感やインスピレーションなどの感覚や感性で行うことは、もちろん可能です。しかし、自分にとって重大な選択であればあるほど、感覚や感性は歪みやすい性質を持っています。恐れや不安などの感情、こうであるはずという固定観念、過去の失敗体験によるトラウマなどが、その原因です。

その点、論理的思考は、客観的な正しさをもとに情報を連鎖させていくので、主観的な誤りを含みにくいという特長があります。感覚による選択を行うとしても、その結果を、思考でチェックすることで、より安定して適正な選択を行える可能性が高まります。

覚醒とは、一時的な覚醒体験を目指すことなどではなく、現実の世界をより主体的に、意識が目覚めた状態で充実して生きること。こう考えるわたしにとって、現実的な正しい選択は非常に重要なのです。

地味ですが(笑)、覚醒、すなわち、人生の質を高める取り組みとは、本来そういうものだと思います。

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